2015年02月

最近、思うようになったこと。
それは、自分のブログは、非売品であるということだ。
認定している特定の人だけが読めるようにする選択肢もあるようだが、そんな気はまったくない。

ビジネスは、需要と供給で成り立っている。
市場に出ても、売れなければ商売はアウト。
儲けがなくても、自費で持ち出し、せっせせっせと売り続ける会社なり個人は、よほどの変わり者。
赤字が続き、破産必至。
そういうのを道楽という。

わたしは、究極の道楽モノだと思う。贅沢モノだ。
中途半端では、物足りない。
ブログだけではない。
なんの分野に対しても、自分が納得すれば損得勘定は度外視。

自分のブログが素晴らしいとなどは、微塵も思っていない。
ただ、ウケ狙いや評価(閲覧数)を意識するのは卒業した。
人にどう思われるかより、自分がどう思うか。
なので、閲覧数が減っても、ブログは続けている。

ただし、書きたい内容によって、ブログを細分化している。
蝶ブログは、自分全体。主に日常風景や、家族の実態、人生観。
あと、趣味関連のブログAと、別のブログBがある。
蝶ブログが本妻、趣味ブログAは、親しい友人、別ブログBは、最近現れた恋人未満の愛人、というようなかんじか。
あ、あと、旅ブログCもあるけれど。これは、蝶ブログとダブっているものもある。

蝶ブログは、なんでもかんでも、自分のこころを見つめ、書いている。
他のブログも、そう。
分野によって分けている。
閲覧数には、まったくこだわらないのは、どれも同じ。
とは言うものの、趣味ブログAは、閲覧数も多くコメントも多彩。

最近は冒頭の写真を見るたびに、デジイチならもっと素敵に撮れるのでは…と欲が出てきて困ります。高級カメラを前にして「どうしてこんなに高いの?記録できればiPhoneでもいいじゃない」なんて嘯いていた私はどこへやら。

コンパクトカメラのシャッターを押しただけでも、こんなに神々しい画が撮れるのですから、やはり聖地には何らかの力が宿っているのでしょうね。次はもっと素敵に撮れるように、写真の腕をあげて再訪したいと思います。

余談
受水走水(琉球における稲作の発祥地)では、もののけ姫に登場しそうな風貌なのに、湯婆婆(千と千尋の神隠し)に似た謎の“おばぁ”がどこからともなく急に現れてびっくり! その話も機会があればまた。

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