かしわで)一礼をして帰るのだが、今日は本殿に進みお賽銭をして、習い事が就ったことを感謝した。
　　　「なあ半蔵、お前も今日一日、無事で過ごせたことをお礼しなはれ」
　お望世は、友禅染めの端布で作った巾着から一文を取り出し、半蔵に渡した。
　　　「とおはん(お嬢さん)おおきに(ありがとう)」
　半蔵もお望世を真似て、二拝二拍手一拝をしたが、今日の無事ではなく、お望世とこうして二人っきりで居られることに感謝した。
　　　「なあ半蔵、いつか夫婦になれたとき、二人でお礼に来ましょな」
　　　「いとはん、そんな事を言ったらあきまへん(いけない)、お店のいとはんと、奉公人の半蔵では釣り合いがとれまへん、身分が違い過ぎるのだす」
　　　「あほらし、何が身分や、おんなじ町人やないか、儒教では『士農工商』言うて、商人は一番下やねんで」
　半蔵は、黙って聞いていたが、士農工商などと言う身分が消える時代こそ、理想的な世の中に違いないと心の中で呟いた。
　　　

　　　「お母はん、ただいま」
　　　「ああお望世か、おかえり、そこらでお父はんに会わなかったか？」
　　　「いいえ、会いまへんでした、お父はんは何処へ行きなったのや」
　　　「お望世のことが心配になって、お華道(はな)のおっしょう(師匠)はんのところまで見に行く言うて…」
　　　「うち(私)には、半蔵が付いてますやないの」
　　　「だんさんはそれが心配やと言うていなさるのや」
　加賀屋鴻右衛門は、最近お望世と半蔵の仲が急によくなったのが気掛かりだった。お望世には、どこか大店の嫡男に添わせる心づもりなのだ。

　鴻右衛門が息急き切っても戻って来たのを、女房のお豊が迎えた。
　　　「だんさん、お帰りやす」
　　　「お望世は戻ってきましたか？」
　　　「へえ、ついさっき、戻りました」
　　　「半蔵は一緒やったのか？」
　　　「一緒に帰ってきました」
　　　「何事も無かったか？」
　　　「あんた、何を心配してますのや？」
　　　「若い男と女やないか、これが心配せずにいられるかいな」

　お望世と半蔵が旦那に呼ばれた。
　　　「お前等、何処へ寄り道しとったのや？」
　　　「天神はんにお参りだす」